中年の備忘録

法務部門に所属するインハウスロイヤーの備忘録

法務の責任(人事部との関係を例に)

そういえば、法務を長いことやっている人でも、労働法は不得手だという人がいる。

 

理由を聞いてみると、労働法は人事部マターであると考えているとのことであった。

 

確かに、人事に関することは人事部マターである。

労働法を知らなければ人事に関することはできないと考えれば、労働法は人事部マターということもできるであろう。

 

しかし、この考え方は、違うと思う。

たとえば会社組織に関する業務が総務部マターだとすれば、会社法も総務部マターであるということになる。だからといって、法務が会社法を知らなくて良い、ということは、暴論だ。

もしも暴論ではないというのであれば、じゃあ、そもそも法務マターとは何か、という疑問が湧く。

すなわち、会社のどの部門にも属さない法律って何なの、という疑問も湧くし、どの部門にも属さない法律を法務が押さえてどうするの、という疑問も湧く。

 

私は、基本的には、法律周り全般は、法務マターというべきであると思う。

 

そう考えると、法務であっても、労働法は押さえておくべきだ。

もちろん、人事に関する業務は、一義的には人事部マターであるから、法務が口を出すというのはご法度だ。それは、仕事の横取りだからだ。

しかし、人事部が労働法に反することを行おうとしている場合には、法務は、逐一、口を出すべきである。それをしないのは、仕事の放棄だと思う。

 

今の時代、会社でパワハラやセクハラが起こったら、一大事だ。被害にあった社員の苦痛が計り知れないということは言うに及ばないが、会社にとっても大きな損害が生じてしまう。

また、契約社員の待遇に関しても、一つ間違えると、訴訟沙汰になる。

法務は、予防法務の観点から、人事部に対しても、積極的に口を出すべきなのだ。

 

さらに、契約社員の待遇については、もちろん人事部マターだ。

しかし、法務の立場から、「契約社員に対して〇〇手当を支給しないのは違法だ。」という意見を言わなければならない場面も、あるであろう。

 

ところで、私が会社の中に入って感じていることは、「会社にとって不利益な事態が生じた時に、その責任が自分に降りかかってこないこと」について専念している人が多い、ということだ。

この点、いわれのない責任が自分に降りかからないよう、たとえば「言った言わない」といった事態が生じないようにメール等で記録を残しておくというようなことは、もちろん大事だ。

私も、いわれのない責任が自分に降りかかってこないよう、普段から気を付けてはいる。

 

とはいえ、「責任が自分に降りかからないようにする」ということを専念するあまり、「自分の業務に関係がないことには、口を出さない方が、安全だ。」という方向に考えが向いてしまうというのは、違う。

 

思うに、労働法関連は人事部マターであるから、法務は口を出さないというのは、深層心理に「責任逃れ」というのがあるような気がする。

しかし、上述のとおり、人事部マターであっても、法務が口を出すべきところはある。

法務が口を出すべきところで、口を出さないということは、法務の業務放棄であり、このことについて責任が問われるべきであろう。

 

なお、先ほど、法務が「契約社員について〇〇手当を支給しないのは違法だ。」という意見をいうこともありうると述べた。

それでは、法務が、そういう意見を述べた後はどうか。

※なお、ここでいう、法務の意見には、「説得力」があることが前提となる。

説得力がない意見しか言えないのだとすれば、法務の力量が足りない。この場合は、顧問弁護士の意見を求めるなどして、さらに法務の意見を補強すべきである。

※また、法務は、もちろん裁判所ではない。あくまで会社にとっての利益も考えなければならない、ということは前提となる。

私は、会社の利益を一切慮らない法務の意見は、説得力を欠くと考えている。

私は、普段会社の利益を考えている法務が、会社にとって不利益な意見をいうからこそ、法務の意見が説得力を増す、と考えている。

 

 

法務には、手当をどうするかという点について、本来的には権限がない。

したがって、法務の意見を踏まえて、人事部や経営陣がどのように考えるかは、法務の業務の範疇を超えている。

したがって、法務は、人事部や経営陣が法務の意見に従わなかったとしても、法務がさらに異議を述べるのは、責任の範囲外であると考える。

 

したがって、仮に人事部や経営陣が法務の意見を聞かず、将来訴訟沙汰になってしまった場合は、その責任は、法務が負うべきではないことになる。

法務は、手当を支給すべきであると、最初から言っているからだ。

 

つまり、法務にとって、自分に責任が降りかかってこないようにするというのは、意見を言わないことで責任を負わないようにするということではない。

法務が責任を負わないようにするには、積極的に意見(「説得力のある意見」)を述べなければならないのである。